2010年07月14日

古き良き時代パート弐


30年も前の話し、未だ枠連しかない頃。
記憶を遡ると、中山競馬場での苦笑いの出来事。

競馬を始めて、少し経ったある日の中山競馬場。
この日は朝から、銀行の同僚と連れ立ってのライヴ観戦。
席には座らず、蹄鉄の鳴り響くゴール前に陣取り・・
レースが終われば、パドックへと忙しなく行ったりきたり。


枠連しか無い時代で確率も、今よりずっと良い筈なのに・・
朝からカスリもせずの外れっぱなしの二人の馬券戦線。
私はといえば、メーンレースを迎える頃には殆どオケラ。
同僚に何がしか借りてメインレースに参戦したのを覚えています。


他人の褌で勝てるはずも無く、メインレースも見事に討ち死に。
メインレース終了後、同僚に帰宅を促すも、彼は首を縦に振らず、
ここで、驚くべき一言を、か細い声で発する。
「最終レースは有り金で、全通り買いする!!」



ここまで、ただの一レースも的中させていない同僚と私。
彼の意地に懸けて、最後は一矢報いたいと全通り買い。
まぁ、枠連なので全通り買ってもたいして目はない。
問題は投資金額と配当のバランス・・・



 

最終レースの独特の負け犬ムード蔓延の競馬場。
レースは淡々と進み4角廻って歓声と怒号渦巻く中・・
結果はゾロ目の7−7にて決着。
慌てて、競馬新聞に目をやれば殆ど無印の二頭の7枠。



 

興奮最高潮のわたしは、同僚に「いくら、買ってる??」
暫しの沈黙のあと「ゾロ目は買ってない〜〜〜」
聞けば、全財産を突っ込むつもりで窓口にいったものの・・
せめて電車賃は確保しようとゾロ目の一番来そうにない・・
7−7だけは買わなかったとのこと。



 

この日の同僚は、朝から負けすぎて頭が混乱していたんだろう。
なにも電車賃など残さなくても、全通り買いならハズレは無いわけだから。
配当が発表されて、更にうな垂れる同僚・・・
確か7万円以上の馬券だったと記憶しています。




電車賃どころか、この日の負けを取り戻して余りある配当。
この後は、二人とも言葉重く、最後に残した電車賃を・・・
使うことなく中山競馬場のオケラ街道を歩いて帰ったのを覚えています。


その彼も風の噂によると、私のように道を外すことなく、
今は本店の要職に就いているらしい。
かつての同僚は今でも競馬を続けているんだろうか??

本日は以上です。
posted by たけ蔵 at 18:59| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

古き良き時代パート壱



昭和50年代の話、競馬をやり始めて間もない時代。
未だ、競馬場ではなく場外馬券に通っていた頃の話。
毎週末は大抵、なんば場外か道頓堀場外の地下に出没。


 

場外と言えど、この頃はノミ屋、コーチ屋などが堂々と往来し・・
馬券など一切買わずに、黙々とハズレ馬券を拾う輩等々・・
今のようなウィンズとはほど遠い鉄火場のような佇まい・・・。




そういえば、この頃の場外では吉本の芸人もよくうろついていた。
今でこそ売れてテレビなどで活躍している芸人もよく見かけました。
仲良くなって、勝ったときには驕ったり驕られたり・・・


 

そんな古き良き時代の、ある日の場外での嬉しいハプニング。
当時は、単、複、枠連しか発売しておらず、購入方法も窓口のみ。
勿論、マークシートなどなく、窓口でおばはんに口頭で購入。



 

そんな、ある日のメインレースでの出来事・・・
いつものように窓口で、締め切り直前に「ハチハチ五万円」と伝達。
あわててモニターの前まで走り、馬券を確認。
するとハチハチの馬券ではなく手元にあるのはイチハチの馬券。



 

やってもうたああああああっっっっ!!!!
馬はゲートインの真っ最中、いまさら交換は出来ない。
鬼瓦のようなおばはんの顔が蘇る・・
当たるはずのない馬券を手にしての競馬観戦。



 

ところが、くるはずのないイチハチでレースは決着。
配当が発表されて、五千いくらかの穴馬券。
ハチハチはガチガチの本命だから、五万買ってる私。
今となっては、鬼瓦のおばはんに抱きつきたい気分。



 

ただ嬉しくて、興奮して最終レースなど上の空・・
スキップ踏んで高島屋の前を走りぬけたのを覚えています。
でも、そのあとに地獄が待っていたとは・・



 

祝杯をあげようと、一目散に難波裏の怪しげな風俗店へ・・
写真をみて、かなり好みのレナちゃんを選んで指名。
ところが席に着いたのは先ほどの場外の鬼瓦のおばはんより、
ひとまわりもデカイ女の子。



 

源氏名を聞けば、「リナで〜す」とのたまう。
やってくれたやないかー!!!」受付の兄ちゃん!!
聞き間違いで、天国と地獄の一日。
長く競馬をやってればこんな日もあるという今では笑い話です。

本日は以上です。
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2010年02月03日

恐ろしく馬券下手な男

今日は、私の周りにいる博打打ちの友人の一人を紹介します。
30年近く、馬券と関わっていると自然派生的に色々な博打打ちが
私の周辺に集まってきます。


以前、このブログで紹介した悲劇の菊花賞事件の清ちゃんもそのうちの一人。
今回紹介する馬券下手なK君も、もともとは清ちゃんの友人で、
何度か一緒に競馬場に清ちゃん共々行くうちに、
いつのまにか馬券友達になったのです。


何故彼が馬券下手なのかというと、それは彼の回収率の悪さに尽きる。
細かいデータは取っていないが、多分彼の回収率は仲間内では最低最悪
彼の馬券スタンスは、本命一点勝負の大枚買い・・・。
故に、彼が勝ったという話は殆ど聞かない。


そんな彼が人生最大に馬券で大勝ちした日のことを紹介したい。
多分もうこんな奇跡は、今後二度と起きないであろうという出来事。


それは、昨年の5月24日。
そう、ブエナビスタが勝ったオークスの日。
当然、本命一点勝負のK君はブエナ・レッドの馬連馬券を大枚勝負。
奇跡が起こったのは、その後の東京の最終レース


馬券的中で嬉しさのあまり、狂ったのかK君。我々が止めるのも聞かずに、
最終レースの本命に、オークスの儲けを全額一点勝負に出てしまった!!
しかしその時、奇跡は起こったのです・・
オセアニアボスバブルウイズアランの一番、二番人気の決着!


その瞬間、K君の目から…大粒の涙が
おそらくこの日はK君にとって、生涯最大の勝ちだったんでしょう。
その日は、酒の飲めないK君の驕りで高級焼肉店で大盤振る舞い。

・・・しかしその日以降、今日までK君が勝ったという話は聞かない。

そう、彼の馬券下手は本命で勝負して勝った分を更にまた
本命にぶち込む。こんな買い方で、勝つわけはない…。
そんなK君、今週は共同通信杯のアリゼオで大勝負だそうです。

本日は以上です
posted by たけ蔵 at 02:25| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

元旦早々の懲りない面々

明けましておめでとうございます。

博打打ちは年始も関係なく博打、というエピソードが、
20年近く前の元旦にありました。

その日の年末年始も寒かったのを覚えています。
前日の大晦日より、博打打ちの面々と飲み続けた元日の朝方。
一人が「博打がしたい」と言い出したのを発端に一同色めいたのでした。

よっしゃ、元旦から博打するぞーー!とテンション熱く盛り上がる面々。
色々調べてみると、元旦早々やってる博打は丸亀ボート岸和田競輪
なんとか2、3時間で行けそうな距離を、と岸和田競輪をチョイス。
さっそく車を走らせた。

早くも車の中では、もうすでに勝ったかのような大騒ぎ。
あるやつは、「今日勝った金で明日からマカオで博打じゃーー!!」などと息まき、
車中の一同のボルテージは益々ヒートアップ。
そんな珍道中を経て昼過ぎにはなんとか岸和田競輪場に着く。

確か6レース目の締め切り直前に間に合った気がする。

もちろんみんな普段は競馬専門の競輪初心者。
にもかかわらず、いきなりそのうちの一人が新聞の印だけを頼りに最初のレースに10万ぶち込んだ!!
が、豪快にハズれる。
これで博打打ちの面々に火が付いた。
各人さらに大きくはる。更にハズれる!!の繰り返しをしていたら、
最終レースの頃にはほとんどオケラ状態…。
最後のなけなしの銭も最終レースで溶かす始末。


最初の勢いはどこへやら。
帰りの道中は口数も少なく、高速道路を走る金もないので、
下道をひたすら疲労困ぱいと沈黙が車中を包みこむ車で走り続ける。

ようやく帰路に着いたのは夜の10時頃。
もちろん、マカオどころか近場の温泉すら行けず、
正月三が日は死んだも同然のひきこもり状態。
やはりなれない博打はするものではない…と反省しきりの三が日。
ところがどっこい、生来の博打打ちの面々。
二日後の金杯には懲りずに意気揚々と京都競馬場へと車を走らせたのであった。

本日は以上です。
本年もよろしくお願いします。


 

ラベル:金杯
posted by たけ蔵 at 21:46| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

哀愁の紀三井寺競馬場

かれこれ30年近くも前の話。
当時の赴任地和歌山に、哀愁漂う地方競馬場があった。

その頃の私はと云えば、
仕事3割、遊び7割くらいという、給料泥棒さながらの日々。

そんな時に出会ったのが知る人ぞ知る「紀三井寺競馬場」

勤務先から車でおよそ15分くらい行くと、中学校に面しただだっ広い原っぱがあり、
そこに車を止めると、なんとも驚くべき風景が待っていた。
県道を走る車を止めて、競争馬を横断させているのである。
競馬場に着くと、赤えんぴつと競馬新聞を売るおばちゃんの声がお出迎え。

場内に入ると、いきなり眼前にパドック。手の届きそうな位置で馬がゆったり周回している。
そして何故か千円札を百円玉に変える両替所がある。

初めての競馬場。どんなもんかと、取りあえず枠連を3万円購入する。
するとなんと、10倍以上つけていたオッズがみるみる下がり、一気に2倍まで下がってしまった!
そんなあほな。などとぼやいていると、近くにいたジジィが…

「兄ちゃん、なんぼ買うたんやー?」

「3万ですわ」

「あかんあかん、そんな買うたらオッズめちゃめちゃ下がるで

…マジかいな。
よくよく聞いてみれば1レースの売り上げは3、40万…。


…だから百円玉の両替所があるんか…。

などと妙に感心しつつ観客を見渡して見ると、殆どがご年配の紳士、
というには程遠いうぐいす色のジジィばかり…。

コースに目をやれば、コースの内側に畑があり、レース中にも関わらず畑仕事の真っ最中。

…ほのぼのしすぎや!!


払い戻しは殆どが百円台の馬券、たまに数百円台の払い戻し。
なんとも田舎らしいヤル気のない、力の抜けきった競馬場…。

この日以来、何度か足を運んだが、勝った記憶は無い。
何故か鉄火場の臭いのしない、博打とは縁遠い、そんな競馬場。正に哀愁の競馬場。

そうそう、売店で売ってた「焼き饅頭」
これだけは感動するほどしごく絶品だった。

ちなみにこの競馬場は昭和63年にひっそりと幕を閉じています。

posted by たけ蔵 at 20:48| Comment(2) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

競馬に関わるきっかけ

会社に入って間もない平社員の頃。

たまたま上司と外回りをしていて、お昼食ってこうよ、と言われ喫茶店に入った。

野球もそんなに好きじゃないし、スポーツ新聞を読む機会はその頃なかった。
そんな私を尻目に喫茶店で上司が新聞をとって読み出しこう言った。

「よし、今日はこれやな」

「競馬したことあるか、たけ蔵くん」

と言うから、「ないです」と答える。

「馬券の買い方わかるか?」

「いやぁ、わからないです」

当時はマークシートのない時代。

「紙に書くから、このとおりおばちゃんに言ったら窓口で売ってくれる

 からさ。頼むから買ってきてくれ、俺会議なんだよ」

買い目を書いたメモを上司に渡されて、買いに行くことに。
ついでだから自分も少し買ってみようと思い、
上司のタテ目を2千円ずつ買ってみた。
するとそれが万馬券。数千円が一瞬にして30万ほどになった。

それまで縁がなかったから、こんなに簡単に儲かるものかと驚いた。
こんな博打があるのかと。
それで味をしめ、毎週行くようになったのが馬券人生の始まり。
その頃は、感で来そうな馬を推理するように買うので当たらない。
まさに金をドブに捨てるようなもの。
それでもたまに当たるもんだからあ、のめり込んでいった。

毎週場外。銀座場外。新橋場外。浅草場外。
その頃寮が船橋だったので、小田急乗って、新宿まで出て新宿場外へ。
毎週土日は入り浸り。

会議中にはいつも抜け出して、屋上で短波ラジオを聞いていた。
負けた日は会議の話など耳に入っていない。
どうでもいいから、はよ終われ!と思っていた。
会議中はほとんど競馬関係の本を読みながら、
会議のノートに買い目を書いて予想ばかりしていた。
こんなことしてたら、いずれ首になるやろなぁ、なんて思いながら。

一番ひどかったのは、支店のお偉いさんが集まるブロック会議で、
土曜の3時なんていう時間なもんだから、
どうしても買いたいレースがあって、会議を無断欠席したこともあった。
これはどえらい怒られた。
もうすでに競馬のためだけに働いていた。

そんなある日のこと。
会議の時はバレないように、耳に手をあてて短波ラジオ聞いてたのだが、
会議でシーンとしてる時に、馬券が的中し「よっしゃ!」と思わず声に出して言ってしまい、

「ど、どうした、たけ蔵くん!?」と言われた。

「いやぁ。。」

「なんかひらめいたのかね?」

「…いやすいません、違うこと考えてました…」

「…君ふざけてるのかぁああー!やる気ないなら出てけ!!」

「すいません。。」(内心ラッキー)

よっしゃ、場外で換金して最終レース買えるわ。
考えたら最低である。

そんな日々の中、
ばあちゃんの葬式にでかけたのだが、春の天皇賞の短波ラジオを聞きながら
こい!こい!とひとり別世界にいた。静かな葬式で

「よっしゃ、きたきたきたー」

とつい言ってしまったからさあ、大変。
その時に競馬を教えるきっかけになった上司も来ていて、

「…たけ蔵くん…さすがに競馬はマズイよ。。」

といわれてしまった。
あほである。

サラリーマン時代はそんなこんなで、競馬新聞を見るのが楽しみになった。
ただ、その頃は競馬に対する世間の認知度が低く、
当然まだ武豊もデビューしてない頃だったので、
人前で競馬新聞を読むのがまだはばかられた時代だった。
えー、競馬なんかやってんの、あの人?!みたいな目で見られる時代。
競馬新聞なんかそっと買って、寮に帰るまで読めないような。

今でこそみんな電車の中で堂々と読んでいるが、当時は
どちらかというと競馬はアウトローなギャンブルだった。
イメージとしては、灰色のジャンパーを着て、肩をすぼめて
新聞をポケットにつっこんで赤ペンさして、というおっさんばかりという。
その頃に堂々と喫茶店でも電車の中でも、眉をひそめられながら
競馬新聞を読んでいた。
毎週競馬新聞の読める金曜日が待ちどうしかった。

その頃からきっと競馬で会社を辞める必然があったのだろう。
その後いろんな商売を転々とし、定職につかなかったのは、競馬を
自由にできる環境を手放したくなかったからである。
ラベル:競馬 ギャンブル
posted by たけ蔵 at 21:53| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

あぶない奴等と地方競馬場で悶絶

かれこれもう、20年も前の話。
ある晩、その頃親交のあったヤバイ系の友人に呼び出され、
とある飲み屋でヒソヒソ話。

彼曰く…明日の競馬で仕込みレースが有るとの事。
ほぼ間違いなく決まるから、出来るだけ金を集めろとのたまう。
その頃は、私もまだ競馬のかじりかけ。
ましてや地方競馬。
充分あり得る話だ!と、その夜は金策に走る。

あけて翌日。
我々は意気揚々と、いざ競馬場へ車で乗りつけた。

緊張と興奮の中、目的のレースまであと一時間を切った。
当然ながらマークシートなど無い時代。
窓口に札束を無造作に突っ込み、勝ち誇った声で窓口のおばはんに目的の馬券購入を告げる。
一点の大口買いで的中はマズイだろうと、姑息に他の馬券も絡める。

オッズを眺める…。
一番人気。
よしよし、当然の結果やろ。地方競馬なんやし。
いよいよファンファーレが鳴る。
緊張で喉が渇く。
缶ビールを一気に飲み干し、
今か今かと、レースのスタートが切られるのを待つ。

カシャーン!!ゲートが開く…。
1コーナー、2コーナー、3コーナー、
まだ最後方、4コーナーを過ぎる。

「よっしゃーここからやー!!」

果たして……ゴールを過ぎても最後方のまま。


「……う、嘘やああああああああああああぁぁーーーー!!?」


我々、危ない一行の叫び声が一斉に、天にも届けよとばかりに場内に響いたのだった。

ちなみに、もう一方の馬も4着でした。

それ以来、地方競馬には縁のない、たけ蔵です。
posted by たけ蔵 at 22:27| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

一口馬主の思い出

先に結論から言います。
一口馬主ってのは、投資だと思わない事です。
アレは「夢・ロマン」です。
儲けようなんて思わない事です。

かく言う私も5〜6年位、一口馬主の経験が有ります。
のべ、15頭位出資してました。
十分の一馬主の経験も有ります。
止めた訳は「夢・ロマン」なんて言ってる場合じゃ無くなったからです。
赤字も赤字、かなりの損失でした。

唯一、一頭だけオープンまで駆け上がり、かなり儲けた馬がいましたが、
トータルでは大幅赤字でした。

けれど、たった一口でも馬主は馬主です。
色んな事が学べて、いい経験だったと思っています。
今の生活に役立ってる部分も多かったりします。

今でも、当時の馬達の全てのレース記録は保存しているし、
新聞の切り抜きなども大切に保存しています。


 

posted by たけ蔵 at 16:51| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月18日

ある馬主のおばはんに注意される

現在も活躍されてるおばはんなので、あえて「ある馬主」にしておく。

全国の競馬場を回っている時、このおばはんとはよく顔を合わせた。
最初は馬主と思わず、ただの競馬好きの金持ちのおばはんだと思っていた。
しごく高そうなスーツを、いつも上品に着こなしていた。

なぜ馬主と分かったかというと、昔の阪神競馬場は、優勝騎手の表彰を
4階だったか5階だったか忘れたが、建物の中でやっていた。

ある日のこと。
ある騎手が表彰を終えると、そのおばはんのところに挨拶に来ていた。
どうも会話の内容を聞いていると、なんと有名な馬主のおばはんだった。

それを見ていた後、おばはんと向き合い素直にこうぶつけてみた。

そんなんやったら、ええ情報教えてくださいよ!!」

それを聞いた馬主のおばはんは、
「そんなん、あるわけないでしょ」

と、さらりと笑った。
そしてこう続けた。

「…でもな、あんたみたいな買い方しとる人ってたいがい、何ヵ月か後には

 消えていなくなるか、新聞に載っとるんよねぇ……


 …使い込みかなんかで」


…きつい。これはきついで…。


まあ、確かにこのおばはんの言うとおり、こういう生活も2年でピリオドを打ったのだが…。

今でもあのおばはんの馬を見つけると、なんとなく全身がこそばゆくなる。

賢明なる助言、ありがとな、おばはん。

posted by たけ蔵 at 19:10| Comment(1) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

馬券人生にまわり道あり

競馬を始めて間も無い頃の話。

買い方は酷いもので、予想紙の印だけを頼りに、
沢山、印の入った馬から買ってみたりする。


時には想紙の推奨の買い目通り、買ってみたりする。
当然、当たる筈も無く負け続ける。

今度は、必勝本等を読み漁る。
やっぱり勝てない。

ついには、自動的に買い目が出るという、電卓みたいなものも買ってみる。
当たる筈も無い。

最後は色々な予想会社に入会してみる。
かすりもしない。
たまに当たっても誰でも買える本命馬券。
取ってガミル、借金は増える。


毎週、日曜の夕方は、もう止めると心に誓う。
BUT 月曜になりスポーツ新聞の競馬欄を眺める。
今週の登録馬を見てしまう。


「よっしゃ〜リベンジじゃーー!!!」

ほんま、こんな事の繰り返しでした。

曲がりなりにも、今、大好きな競馬で食えてるのは
負け続けた過去があった故です。


このブログで何度も言ってるとおり、これからも言い続けます。
レースを良く見て下さい。
記憶して下さい。
自信の無いレースは手を出さないで下さい。

簡単に勝てる程、競馬は甘くはないのです。

ラベル:競馬 予想 借金
posted by たけ蔵 at 18:38| Comment(1) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

故高本公夫氏との出会い

競馬をされてる方なら「高本公夫氏」の名前は聞いた事があると思います。

まだ競馬を始めて間も無い頃、「馬券革命」という本に出会い、
どんどんのめり込んでいったのを覚えています。
確かに、あの頃は斬新な切り口の本でした。
それ以降、講演会は欠かさず行き、必死に枠順の謎解きに四苦八苦したのを思い出します。

今でも、競馬の予想において、「サイン読み」というのがあるのは、
良くも悪くも、故高本氏の功績でしょう。

以前私が書いたコラム、「最高に勝たせてくれたレース」でのくだり
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登録の段階で勝つのはサクラスターオーだと確信していた。

ギリギリまで相手をしぼれず、菊花賞当日、お昼休みの時、

あることをきっかけにゴールドシチーがひらめいた。

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実はこの「ある事をきっかけに…」の“きっかけ”の詳細を暴露しますが、

この時、昼休みの京都競馬場である音楽が流れたのです。

それは・・・「ロッキーのテーマ」

賢明な方はお気づきでしょう。

ゴールドシチーのお母さんは「イタリアンシチー」
ロッキーのテーマ→イタリアの種馬→イタリアンシチー→ゴールドシチー


こんな単純な閃きで大金を突っ込んだんですね。
今ではなつかしい笑い話です。

最後に、

高本公夫氏の安らかなるご冥福をお祈りします。合掌
posted by たけ蔵 at 19:59| Comment(1) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

一度死んで蘇えった札幌

平成元年の夏の日の出来事。

かばんにしこたま現金を詰めて、初夏の風が肌にやさしい、札幌競馬場に来ていた。
朝一から全く当たらないまま、最終レースまで全敗街道を鮮やかにまっしぐら。

その流れを裏切らず、最終レースもかなり突っ込んだものの虚しく空振り。
気持ちいい程こてんぱんにヤラれてホテルに戻り、ハズレ馬券を確認すると……
なんと。その日の負けは1710万円也!!!

呆然自失。
…今月の…支払い…どどど、どうする?嗚呼、南無。

頭の中を後悔と自虐の念が交錯する。

やってもうた……大体熱くなると前後のみさかいがつかなくなるんや…。
この日は何処へも出かけず、結局、後悔と自責で生きた心地もせず、一睡も出来なかった。

しかしである。そこは生まれついての楽天的性格。
朝日が昇る朝一番には、足は札幌競馬場に向かっていた。

「競馬の負けは競馬で取り返したる…リベンジや!」

心の中でそんなあほうな事を叫びつつ、その日も懲りずに馬券勝負を挑んだのだ。

そんなどあほな男の魂の叫びが天に届いたかどうかはわからないが、
この日は昨日と打って変わって、バカヅキにツキマクリ。

午後の特別レースは、700万位の勝ち。
メインは飛ばしたものの、最終レース一点買いで大的中!!!

「神や…競馬の神様が降臨したぁああああ!!」

…冷静に考えて、競馬の神などおらんのだが。
この時ばかりは運が味方したと思った。


気がつけば、1708万円の勝ち。
結局、2日間トータルで2万円のマイナス。

(でも、負けとるやんけ)
そう、昨日の負けを一日でほぼ取り返したのだった。

破天荒な競馬人生の中では、こんな嘘みたいな実話もある。
この日ホテルに帰り、安堵しておもわず男泣きしたのを今でも鮮明に思い出す。
いや、ほんまに助かった。

これ以後、後にも先にも、こんなバカをしたのは、これっきりですわ。
ラベル:札幌競馬 競馬
posted by たけ蔵 at 17:25| Comment(2) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月06日

アイスコーヒーは阪神競馬場

競馬とは関係ないのですが、私は無類のコーヒー好きなんです。

特にアイスコーヒーが大好きで、今でも一日に5回以上は喫茶店に通っています。
もちろん、真冬でもアイスコーヒー。
家でもアイスコーヒー。

そんなわけで、競馬場でも朝から最終レースまでいますから、
必然的にアイスコーヒーを飲むわけです。

がしかし、競馬場でのアイスコーヒー頻度はがくんと減ります。
なぜなら、競馬場のアイスコーヒーは、めっちゃまずい!!最悪最高にまずい!!
どうやって作ったら、こんなにまずいねん!ちゅーくらいまずい。
ちなみに飯もまずい。

そんな中にあって、阪神競馬場の二階のJRAのカウンター横の
売店のアイスコーヒーだけは、何故か最高にうまい!!
阪神競馬場に行った時だけは、飛躍的にアイスコーヒーを飲む回数が増えるのです。
コーヒー好きにやさしい競馬場。阪神競馬場。


あのアイスコーヒーは、買い溜めしたいくらい美味だが、
残念ながらお取り寄せはしていないので、今日も喫茶店へ通うのです。

posted by たけ蔵 at 04:10| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

レジェンドテイオーからのほろ苦い贈り物

有馬記念の夢馬券。
そう、メジロデュレンとユーワジェームスで決まった有馬記念の話。

その日、阪神競馬場のモニターの下で、レジェンドテイオーからの馬券を握り締め
ドキドキしながら、ひとり画面を睨んでいた。

いつものごとく、レジェンドテイオーが軽快に逃げていた。
4角を内ラチ沿いに廻り、直線中ほど過ぎても粘っている。

ミスターブランディ、ダイナアクトレス、ユーワジェイムス、ハシケンエルド。
ゴール前かなりごちゃつき、レジェンドテイオーの黒い帽子と、メジロデュレンの青い帽子が
ゴールをかけ抜けた。

よし!取ったぁああああーーー!!!

モニターの前で再確認もせず、威風堂々と払い戻し窓口に並んでいたら、
後ろに並んだおっさんが、私の馬券を覗き込み驚愕のひと言。


「兄ちゃん外れとるがな、4−4やで。2−4ちゃうで〜」



この頃、視力が落ちていて、モノが見えにくくなっていたのは事実。
青と黒のはずが、青と青の帽子で…?!。黒ちゃうやんけぇえええ。
帽子の色まちがえるて…。レ、レジェンドテイオー…。


おっさんのひと言によって、まわり一同には爆笑されまくり。


…うん、そらおもろいわな…。


穴があったら入りたい気持ちをこらえ、殺伐とした空間をなごませたったぞー!
と自分に言い聞かせつつ、その場を軽やかに去った…。



この事がきっかけで、メガネ架けるようになりましたわ。

posted by たけ蔵 at 19:49| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

人生砕いたバンブーメモリー

今でこそ安定した生活を送っていますが、
定職に就かず競馬づけの生活をしていた頃は、天国と地獄の繰り返しだった。


この日もそんな一日だった。
仕事も辞め、有り金持って名古屋場外にいた。
朝から勝ったり負けたりで、メインレースの近づく頃は、とんとん位。


メインレースは「高松宮杯」
この頃は「高松宮記念」ではなく、「高松宮杯」だった。
グレードもG1ではなくG2で、距離も2000mだった。
捨てるモノのない身として、たどる道はそう、ひとつ。

「有り金勝負じゃー!!」

軸は南井のシンウインドで決まり。
一番人気のバンブーメモリーは要らん。
相手本線は前に行く、シーキャリアー。
押さえに河内の、センリョウヤクシャ。
元返しにスカイジャイアント、パッッシングショット…。よし、万全や!
雨も降っとるし、ケツから届かん、ましてや中京、前が有利や。

4角廻って、先頭はシンウィンド。2番手は西浦のシーキャリヤー。
よっしゃ、ゴールまで、100、50……


「出けた〜!!!」


オッズが脳裏をかすめる。


(確か4000円はつけとった)


明日から、また、競馬場行脚じゃ〜!!

正にその金色に輝く至福の瞬間、杉本のおっさんの大声が………


「ぁああああーーっ!そとから一気にバンブーメモリぃぃーーーー!!!!!」

!!!????!!!!

嘘やろぉおおおお〜バンブーメモリーなんか映ってへんかったのにーーー!

武豊なんか大嫌いやーーーーーーーーーーーーー。

悔しいかな、後世に残る名セリフとなった。それは、
「そとから一気にバンブーメモリー」


 

posted by たけ蔵 at 02:02| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

武豊に文句をたれる

銀行を辞めて放浪してた頃。
あぶく銭で全国の競馬場を行脚していた。
ゆえに私は、全場制覇をしている。

冬の小倉競馬場でのこと。

しこたまやられて、泊まる予定を変更し、新幹線の切符をみどりの窓口で買っていた。
ふと隣に目をやると、若いあんちゃん。よく見ると、武豊。
当時、デビューしたての武豊。
私のような一競馬ファンにも、気さくに相手をしてくれた。

しかし、この日の私は武に怒っていた。


(おまえで今日はいくら負けたと思ってんねん!!おう!?コラ!)




さすがにそれは言えず、

「もっと上手くなってくれや」とやんわり文句をたれた。
すると、彼は素直に「はい、がんばります」ときた。

おお!なんてええやつなんや!

今思えば、あの一瞬だけは武豊を好きになった。
今は大嫌いな騎手のひとりである。

ラベル:競馬 武豊
posted by たけ蔵 at 23:14| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月26日

道頓堀場外の黒軍団

20年以上も前のこと。


あの頃、馬券はほとんど道頓堀場外の地下で買っていた。
確か小倉の土曜日のメインレースだったと思う。
当時は武豊をよく買っていた(今はとてつもなく大嫌いな男だが)

確か枠連7−8が一番人気で、お昼ごろに買った時にオッズが6倍くらい。
このレースは本命で決まるだろうと思っていて、7−8を1点、10万買い、
しばらく午後からのレースを見ていたうららかなひと時…あの軍団はやって来た。

しごく人相の悪い男達の集団
先頭の何人かは、大きな黒いかばんを抱えていた。
なにが始まるんだろうと、レースそっちのけで見ていたら、
なんと、窓口をいくつか占拠しはじめ、黒いかばんから、でるわでるわ!

束のかたまり


当日の小倉のメインレースに、なぜか一番人気をはずし、
2番、3番、4番人気に何千万もつぎ込んでいるではないか。
窓口のばばぁはもう大変。
この頃は、一枚あたりの馬券購入額が決まっていたため、
何億も買われたら、ばばぁが打つだけで一時間はゆうにかかる。

そんな謎の軍団が去った後、私の買った7−8の馬券が
人気後退し、驚いたことに千円以上もつけているではないか!
よっしゃっ!ここで偏屈男の血がさわぐ。
迷わず、7−8に20万追加

結果は7−8で決まり。

その日、ホクホク顔で道頓堀場外をあとにしたのであった。
あの黒い軍団はなんだったのか、いまだに謎である。

ラベル:道頓堀 武豊 競馬
posted by たけ蔵 at 18:56| Comment(0) | 閑話一服(競馬エピソード) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
from,21 Jan 2009