2009年02月26日

タマモクロスと湿ったパンツ

人生砕いたのがバンブーメモリーなら、助けられた馬もいるわけで、
タマモクロスもそんな馬の一頭だった。

タマモクロスのレースを目の前で見たのは、京都競馬場。
確か400万条件の藤森特別。
この時の勝ち方が鮮烈だった。
その後、タマモクロスは名馬へと上り詰めるのだが、
私を救ってくれたのは、翌年の金杯。

この頃、銀行を辞めて放浪生活の真っ只中。
資金もいよいよ底をつき始め、そろそろ就職口を探そうと考えていた矢先の京都の金杯。
これで負けたら放浪生活にピリオドを打ち、またありふれた生活に戻ろうと決心。
あまり資金も無かったので、メインレースの金杯まで難波近辺をうろつき時間をつぶす。

メインレースの時間が近づき、ポケットに10万だけ残し、後は残金全て枠連4−7にぶち込んだ。
相手のハローポイントは、いわゆる上り馬で、屋根もそれまでの加用から河内に乗り替わり。
おまけに、牝馬で斤量も軽い。オッズは低いが、この二頭で鉄板や。
むしろ南井と河内の組み合わせでこれはつきすぎるやろ…なんて思いつつ。

この金杯は今でも鮮明に思い出すことができる。

4コーナー廻って、南井が外から強引に内に切り込み、
直線むいてタマモクロスがメジロゴスホークを交わし、外から芦毛の馬体の
ハローポイントが突っ込んできて、メジロゴスホークを頭差交わしたところがゴール板。

興奮と緊張で、腰が抜ける思いだった。


…これで、この生活が続けられる。よかった…。


熱気と安堵が入り混じり、汗ばんだ競馬新聞をにぎる手がゆるむ。
ついでになぜか股間も湿っている気がするが、少々の失禁は覚悟の上だ。上等!!
半分スキップしながら、やや冷たい股間を気にしつつ、難波場外を後にしたのだった。

数年後にはバンブーメモリーに砕かれることも知らず。

posted by たけ蔵 at 21:18| Comment(0) | 思い出の名馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

愛すべき重戦車タイカブト

みなさんはご存知ないと思いますが、昔タイカブトという馬がいました。

確か、馬体重は600キロ近かったと思います。
なぜか愛着が沸いて、好きな馬の一頭でした。

なかなか勝ちきれない馬で、ずっと下級条件(今で言う500万下)で
うろうろしてたのを記憶しています。

天皇賞前後のレースで、
阪神の平場だったような気がします。
タイカブトがひさびさに2着に突っ込んできて、枠連7−7。
万馬券だったと記憶しています。

その日、大金を握り締め、難波場外を後にし、今は売れている、とある吉本芸人と
ソープに繰り出したのを覚えています。
確か2人でソープ嬢を5、6人呼んで祝勝会をしたような・・・。 
 
タイカブト。本当にでかい馬でした。
一頭だけ牛が走っているような馬でした。
そうそう、ちなみにタイカブトの主戦ジョッキーはテイエムオペラオーの調教師で有名な
「まむしの市三」こと現、岩元調教師です。

posted by たけ蔵 at 02:15| Comment(0) | 思い出の名馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

最高に(しこたま)負けたレース

サクラチヨノオーが勝ったダービー。

確か、一番人気はサッカーボーイ
サッカーボーイは前走見るかぎり消しだと思っていたので、
サクラチヨノオーを軸に楽に取れる馬券だと思い、本戦をヤエノムテキ、モガミナイン
の2点にしぼり、押さえにマイネルグラウベン、ディクターランド
あと、ファンドリデクターと押さえれば万全。

当時の有り金を全額突っ込み、震えながらテレビ画面も見ず。
(実際、かなりの大金を突っ込むとレースを見る余裕なんてない)

やがて虚しく、テレビ画面からヤエノムテキが飛んだことだけを声でひろい、
もう競馬はやめだと思った、オケラ街道を昨日のように思い出す。

この当時ってフルゲート24頭だったんですよね。
ちなみに、負けた金額は束15でした。

ラベル:競馬 ダービー
posted by たけ蔵 at 23:12| Comment(0) | 思い出の名馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最高に勝たせてくれたレース

1987年、サクラスターオーが勝った菊花賞。
登録の段階で勝つのはサクラスターオーだと確信していた。
ギリギリまで相手をしぼれず、菊花賞当日、お昼休みの時、
あることをきっかけにゴールドシチーがひらめいた。

枠連しかない時代で確か1-5だったと思う。
今思えば震えるぐらいの大金を突っ込んだ。
レース中はほとんど震えていて、残念ながら覚えていない。
ただ、ゴール板少し手前サクラスターオー・ゴールドシチーと駆け抜けたのを見て
全身の力が抜けたのを覚えている。

当時、家を一軒買えるぐらいの大金を手にして、京都競馬場を後にしたのを覚えている。
思えば、このレースが馬券で食っていこうと決めたターニングポイントだったのかもしれない。


次回は、最高に負けたレースをご披露します。

ラベル:菊花賞 競馬
posted by たけ蔵 at 02:09| Comment(0) | 思い出の名馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
from,21 Jan 2009